今のあなたに出会うための手引書
ひとはひとりでは生きていけません。
最初は親という存在の影響を受けて育ちますし
学校や友達、テレビや本の影響も受けます。
そうしていくうちに
その時々に感じる好き・嫌いや、快・不快によって
少しずつ自分というものがつくられていきます。
成長するにつれて
理性や世間体というものも知り
社会性も育っていきます。
ですがそのうち
自分の心の声が大きくなってくることがあります。
周りの影響を受けながら生活していても
「こうありたい」と思う自分と
今いる環境との違いに違和感を感じることもあるでしょう。
人の目や言葉に影響を受けて
自分自身の喜びすら勘違いして、
誰かのまねをしたり
誰かに決められた道を歩いていることもあります。
自分の中になんとなく違和感があっても
日々の生活に埋もれてしまい
心の声に気づくことなく人生の道を歩いていることもあります。
もちろん
そんな時間も誰にとっても大切な時間です。
「なんか、うちのお母さん違う」と感じていた
私自身は、家庭の中でずっと違和感を感じていました。
なぜか孤独感がありました。
母親に甘えることができません。
スキンシップもありませんでした。
周りの家族を見ては
「なんか、うちのお母さん違う」
そんなことを小学校の高学年くらいから感じていました。
その頃には両親が離婚していたので、
私はそのせいなのだと思っていました。
誰かに決められた道を歩くということでいえば
私の場合、母親に決められた道を歩いていたとも言えるでしょう。
責任感や世間体を躾けられ
母親の威厳は感じていました。
けれど、温もりやスキンシップを知らない私は
どこかに寂しさを抱えていました。
自分の子どもが生まれ、出生届を出したときに知りました。
私は乳児院から養子縁組され
養女になっていたのです。
「それでか」
一度はそう納得しました。
でも、あとになって知ったことがあります。
私が感じていた違和感のもっと奥には、
母親自身が生きてきた環境がありました。
母は3歳で父親を亡くし、
10歳のときに母親を亡くしています。
そして、その母親も養女でした。
時代背景もあったと思います。
父親がいないことで偏見を持たれたくない。
母親として、きちんと子どもを育てなければならない。
そんな思いから、
世間体や人の目を気にすることが、
母にとって大切になっていったのかもしれません。
言葉に語弊があるかもしれませんが、
母親に育ててもらう時間を十分に持てなかった人が、母親になっていた。
親から愛情を受けた記憶が少なければ、
自分の子どもへの愛情の示し方が分からないこともある。
そう考えると、
それは仕方のないことだったのかもしれないと思えるようになりました。
母は、養子縁組した私を
不器用ながらも母なりの愛情をもって育ててくれていました。
自分の子どもを育てることだって大変なのに
私は自分が育ってきた環境に不満を感じていました。
そう思うと
申し訳ない気持ちにもなりました。
周りと比べ
周りを見ながら、
「母親とはこうあるべき」という姿を探し、
わずかな母親との記憶を頼りに
私を育ててくれたのだと思います。
誰かの答えでは進めなくなったとき
そんな私は、孤独感を埋めるように、
18歳という若さで結婚し、家庭を持ちました。
すると今度は、
母親自身の経験が顔を出します。
「早く子どもをつくれ。できなくなるから」
きっと母親は、自分の経験から、
私にそう言っていたのでしょう。
母親は絶対だった私は、
子どもが欲しくて産んだというより、
母親に促されて妊活したようなものでした。
「そういうものなんだ」と思っていました。
その頃は
自分自身が何者であるかなんて、
もちろん考えていません。
若さも手伝って
ただ仕事をして、そのお金で生活する。
なんの計画性もなく生きていました。
そんな私が、
子どもを病気で産んだことで、
それまでに経験したことのない苦しみを知りました。
人生や命について、
考えるようにもなりました。
もしかしたら、
自分の人生を生きるということを始めたのは、この頃だったのかもしれません。
自分の産んだ子どもが病気だという経験をしているママ友はいません。
自分で考え、
自分で行動していくしかありませんでした。
それまで威厳があり、
頼りにしていた母親も、
ただ「かわいそう」と言うばかり。
この子は私が守っていくしかない。
その一心でした。
離婚。
仕事ができない焦り。
子どもの病気。
さまざまな出来事を経験する中で、
私は強くなっていきました。
強くなると同時に、心に鎧をつけていた
強くなると同時に、
私は鎧をつけるようになりました。
「辛い」
「寂しい」
「苦しい」
「悲しい」
そんなことが言えなくなったのです。
強い母であるために。
病気で辛くて、寂しくて、苦しくて、悲しい娘を支えるのに
弱音なんて言っていられない。
そう思っていました。
でも、
どんなに環境によって鍛えられた心にも、
限界があります。
口では、
「大丈夫」
「なんとかなる」
「前を向いて歩いていたら、いつか安堵する日が来る」
そう言っていたとしても、
心の奥底に隠れている
「辛い」
「寂しい」
「苦しい」
「悲しい」
そんな気持ちも
自分に気づいてほしがっているのだと思います。
そしてこれは、
私のような経験をした人だけの話ではないと思うのです。
きっと誰もが何かしらの経験の中で、
少しずつ強くなりながら生きています。
私のような環境でなくても
子どもが病気でなくても
人それぞれに経験してきたことがあります。
傷つかないように。
悲しまないように。
自分を守るために。
知らないうちに強くなったり、
心に鎧をつけたりすることもあるのではないでしょうか。
自分の心の声を、自分だけは聞いてあげる
自分を大切にするって、
何も自分にご褒美をあげることだけではありません。
「辛い」
「寂しい」
「苦しい」
「悲しい」
そんな気持ちが自分の中にあることを、
まずは自分が知ってあげる。
それも、とても大切なことだと思います。
もしそんな気持ちに気づいたら、
「辛いね」
「寂しいね」
「苦しいね」
「悲しいね」
と、心の声を聞いてあげてください。
聞いてあげることが、
とても大きな慰めになることがあります。
辛い感情はどこからくるのか。
そのきっかけを知ることについても
このブログではお伝えしています。
でも人生を生きていく中で、
ひとはさまざまな感情を感じます。
我慢して、
心の奥底に隠れている感情を知ることも、
自分自身を知ることにつながります。
「そうなんだ、今わたし辛かったんだ」
そう気づくだけで、
少し心がゆるむことがあります。
私たちは、
いろいろな人や環境の影響を受けながら生きています。
強くならなければならないときもあるでしょう。
自分の気持ちを後回しにして、
歩かなければならないときもあると思います。
そんな時間も、
自分が歩いてきた大切な人生の一部です。
でも、ときどき心の奥から、
「本当は辛かった」
「寂しかった」
「苦しかった」
「悲しかった」
そんな小さな声が聞こえてくることがあります。
もしその声に気づいたら、
無理に元気になろうとしなくてもいい。
「そうだったんだね」と、
まずは自分が聞いてあげてください。
そんなことから、
自分を大切にすることは始まるのかもしれません🌿
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