「自分の気持ちがわからなくなるとき」
つらいことが続いたり、どうしたらいいのかわからなくなったりすると
頭の中はたくさんの考えでいっぱいになります。
「どうしたらいいんだろう」
「何とかしなくちゃ」
そうやって一生懸命考えているのに
自分が今、何を感じているのかさえわからなくなることがあります。
悲しいのか、腹が立っているのか。
怖いのか、疲れているのか。
本当はどうしたいと思っているのか。
いろいろな気持ちが重なって、自分でも見えなくなってしまうことがあります。
私にも、自分の気持ちがわからなくなっていた時期がありました。
娘が病気になり、どうすることが娘のためになるのか、そればかりを考えていた頃のことです。
そのときの私は、自分の中にある気持ちに目を向ける余裕などありませんでした。
そんな私が、思いがけないところで自分の心の中にあるものに気づくことになりました。
娘のための面談で、私自身の気持ちに気づいたきっかけ
娘が肝硬変となり、生体肝移植の話が出ていた頃のことです。
病気による身体のつらさだけでなく、娘は精神的にも追い詰められていました。
私との言葉でのコミュニケーションも難しくなり、精神科にも診てもらうようになりました。
娘がカウンセリングを受けることになり
ある日、娘の状況を伝えるために私もカウンセラーの方と面談する機会がありました。
私は、娘のことを話すつもりでそこに座っていました。
ところが、話を聞いていたカウンセラーの方から、こんなことを尋ねられました。
「お母さんは、今の状況をどのように受け止めていますか?」
そこで初めて、私は娘のことではなく、自分のことを話し始めました。
心の奥にあった憤り
娘の身体を助けるために、多くの医療関係者が関わってくれていました。
私自身も、娘が生まれてすぐ病気がわかってから
ずっと娘と一緒に病気と向き合ってきたつもりでした。
それだけに、娘が自分の命を絶とうとするほど精神的に追い詰められていたことを
当時の私はうまく受け止めることができませんでした。
「みんなが助けようとしているのに、どうして?」
そんな思いがありました。
そして話していくうちに、それだけではないことにも気づきました。
私は、腹を立てていたのです。
多くの人が娘を助けようとしていることに対する裏切りのようにも感じていました。
そして何より、生まれたときから一緒に病気と向き合ってきた私自身も思いや
これまでの日々まで否定されたように感じていたのだと思います。
今なら、娘も自分ではどうすることもできないほどの苦しみの中にいたのだと思えます。
けれど当時の私には、そこまで思いを巡らせる余裕がありませんでした。
私は娘の生体肝移植のドナーになるつもりでいました。
それなのに、
「こんな状況なら、私がリスクを負ってまで助けたくない」
そんな気持ちまで、自分の中から出てきました。
母親なのに、こんなことを思っていいのだろうか。
そう思ってしまいそうな気持ちです。
けれど、そのときは自分の中にある言葉を、ひとつずつ外に出していきました。
その奥から出てきた、本当の気持ち
不思議なことに、気持ちを言葉にしていくうちに、少しずつ違う思いが出てきました。
腹が立っている。
納得できない。
どうして私ばかり、と思う気持ちもある。
でも、それでも――
「やっぱり娘を助けたい」
その思いが、自分の中から込み上げてきました。
誰かに「お母さんなんだから助けてあげなさい」と言われたわけではありません。
怒りや憤りを押し込めて、無理にそう思おうとしたわけでもありません。
自分の中にあるものを言葉にした先で、私は自分が本当はどうしたいのかに気づいたのだと思います。
自分の気持ちに気づくことで、見えてきたもの
そこから私は、
「では、今の私にできることは何だろう」
と考えるようになりました。
娘の状態を私が変えることはできません。
娘の苦しみを代わってあげることもできません。
それなら、今の私が後悔しないために、どうありたいのだろう。
私は、娘のそばにいることを選びました。
それまでは仕事の合間を縫って病院へ通っていましたが
仕事を辞め、できるだけ娘のそばで付き添える環境をつくることにしました。
生活のために、生活保護を申請することも決めました。
当時の私にとって、それは簡単な決断ではありませんでした。
けれど、周りからどう見られるかよりも今、自分が大切にしたいものを優先しようと思いました。
自分でもどうすることもできない苦しみの中にいる娘のそばにいて、そのつらさに寄り添う。
ようやく私は、そこに集中できるようになりました。
振り返ってみると、娘の話をするための面談だったはずなのに、あの日
カウンセリングを受けていたのは私のほうだったのかもしれません。
そして私はこの経験から、カウンセリングというものに興味を持つようになりました。
娘の移植が終わり、時間が経ってからカウンセリングを学ぶ学校にも通いました。
そこで学んだからといって、私はカウンセリングを行えるほどの技術を身につけたわけではありません。
けれど、その学びの中で得たものは今も私の中に残っています。
自分の気持ちに気づくこと。
少し離れたところから、自分の置かれている状況を眺めてみること。
そして、
「私は本当は、どうありたいのだろう」
と自分に問いかけてみること。
状況そのものをすぐに変えることができなくても、自分の心の中にあるものに気づくことで
次にどうしたいのかが少しずつ見えてくることがある。
私は、そんなことを知りました。
言葉だけではなく、心に浮かぶ景色から気づくこともある
カウンセリングを学んでいたとき
頭で考えることと心の動きがどのようにつながっているのかを体験する授業がありました。
先生のお話に、ただ耳を傾けるだけではありません。
聞こえてくる言葉から、自分なりにその情景を思い浮かべていきます。
まるで、自分が物語の中に入っていくような感覚でした。
険しい雪山にいる自分を想像したとき、私は本当に心細くなりました。
もちろん、実際に雪山にいるわけではありません。
それなのに身体には力が入り、緊張している自分がいました。
そして物語が進み、山を降りていくと今度はほっとするような安堵感が生まれました。
それまで入っていた身体の力も抜けて、少しずつリラックスしていきました。
頭の中で思い浮かべているだけなのに、心が動き、身体の感覚まで変わっていく。
私はそのとき、そのことを自分自身の感覚として体験しました。
この経験は、今でも私の中に残っています。
心の景色を、一緒に歩いてみませんか
今回、そのときの経験を思い出しながら、ひとつの短いお話を作ってみました。
私自身が感じたことをもとに作ったものなので
心理療法やカウンセリングを目的としたものではありません。
何かを変えようとしたり、特別な感覚を得ようとしたりする必要もありません。
ただ少しだけ時間をとって、言葉から浮かんでくる景色の中を歩いてみてください。
はっきりと景色が浮かばなくても大丈夫です。
私と同じように感じる必要もありません。
雪山を怖いと感じる人もいれば、きれいだと感じる人もいるかもしれません。
草原に出ても、何も変わらないかもしれません。
それも、そのときの自分の感じ方です。
「私は今、どんなふうに感じているんだろう」
そんなふうに、ほんの少し自分の内側に意識を向ける時間として、聴いていただけたらと思います。
🎧 心の景色を歩いてみる
歩いてみて、何を感じましたか?
おかえりなさい。
心の景色を歩いてみて、どんなことを感じたでしょうか。
雪山にいるとき。
頂上に立ったとき。
山を降り、草原にたどり着いたとき。
そのときどきで、何か違う感覚があったでしょうか。
もしかすると、私とはまったく違う景色が浮かんだかもしれません。
途中で別のことを考えていたかもしれません。
あるいは、特に何も感じなかったかもしれません。
それでいいのだと思います。
大切なのは、「こう感じなければならない」と答えを探すことではなく、
「私は、こんなふうに感じたんだな」
と、今の自分に気づいてみること。
心地よかった気持ちも、落ち着かなかった気持ちも、何も感じなかったことも。
どれも、そのときの自分の中にあったものです。
すぐに意味をつけたり、答えを出したりしなくてもいい。
ただ少し、自分の感じたことに目を向けてみる。
それだけでも、自分の心を知る小さなきっかけになるのではないかと私は思っています。
自分は、どうありたいのだろう
私たちは、つらい状況にいると、どうしても「どうすればこの状況を変えられるのだろう」と考えます。
もちろん、状況を変えるために行動することが必要なときもあります。
でも、自分の力だけではどうにもできないこともあります。
そんなとき、無理に前向きになろうとしたり
希望を探そうとしたりしなくてもいいのではないでしょうか。
あの頃の私も、すぐに希望を見つけられたわけではありませんでした。
最初に出てきたのは、きれいな気持ちではなく、怒りや憤りでした。
でも、その気持ちまで含めて自分の中にあるものを見つめていったことで、
「私は、本当はどうしたいのだろう」
というところまでたどり着くことができました。
自分の気持ちに気づいたからといって、目の前の問題がなくなるわけではありません。
それでも
いろいろな思いに飲み込まれている自分からほんの少し距離をとって、自分の心を眺めてみる。
すると、
「私は今、こんなことを感じているんだ」
「本当は、こうしたかったんだ」
そんな自分に出会えることがあります。
この音声も、そのための小さなきっかけのひとつになればと思って作りました。
🌸最後に
自分の気持ちがわからなくなったとき。
答えを急いで探す前に、少しだけ自分の心に耳を傾けてみる。
「私は今、何を感じているんだろう」
「私は、本当はどうありたいんだろう」
すぐに答えが見つからなくてもいいのだと思います。
怒りや悲しさ、迷いや不安。
一見すると目を背けたくなるような気持ちも、今の自分の中にある大切な気持ちのひとつです。
無理に前向きになろうとしたり、希望を見つけようとしたりする前に
そこにいる自分を、まずは見つけてあげる。
今回の音声が、そんなふうに自分の心に目を向ける、小さなきっかけになればうれしく思います。
今日もあなたの心が少しでもやわらかくなりますように🌿
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