嫌悪感という感情は、
自分が大切にしているものを脅かされたときに
自然と湧き上がってくるものだと思います。
これまで私は、
嫌悪感を覚えたとき
「なぜそう感じたのか」
「どこが引っかかったのか」
自分の内側を丁寧に見つめることを大切にしてきました。
嫌いという気持ちを認め、
距離を取るという選択をすること。
それは、私にとって必要なプロセスでした。
以前、嫌悪感についてい話したものは
嫌悪感を否定せず、まずその気持ちを受け入れた上で、
自分を守るための距離の取り方について書いてきました。
でも今回は、すべての嫌悪感に
向き合わなくてもいい、
という今の私なりの選択について書いてみようと思います。
すべての嫌悪感に、向き合わなくていい
私たちの目の前で起こることは、
同じ出来事であっても
その日の心の状態によって、
受け取り方が変わります。
腹が立つ日もあれば、
不思議と気にならない日もある。
嬉しいことや楽しいことに
意識が向いているときは、
自然と世界も穏やかに見えるけれど、
疲れていたり、余裕がないときには
嫌なものばかりが目についてしまうこともあります。
🌿「見なかったことにする」という対処
そんなとき、
私はある選択をするようになりました。
嫌悪感を覚えた瞬間、
そこで立ち止まらず、
こう心の中で言います。
「はい、私は見なかった」
テレビのニュース、
偶然目に入った映像、
街中ですれ違った人の言動。
自分の意図とは関係なく
不快な気持ちになってしまうことはあります。
でもそのたびに、
「どうしてこんなふうに感じたんだろう?」
と、もう一人の自分を呼び出して
分析を始めることはしません。
即刻、遮断します。
深追いしない。
考えない。
🌿これは「蓋をすること」ではない
嫌なものに蓋をして
なかったことにする、というよりも、
時間を少しだけ巻き戻す感覚に近いかもしれません。
わざわざ不快な場所に
居座らせない。
向き合う価値のある感情と、
通り過ぎていい感情を
分けて考えるようになった、
という感じです。
すべての感情を
抱え込む必要はありません。
🌸最後に
私たちは、
目に映るもの、
耳に入る音、
そこから自分の世界を作っています。
だからこそ、
その世界の中では
できるだけ
嬉しいこと、楽しいことに
フォーカスしていたい。
完璧にはできません。
嫌な気持ちになることも、
もちろんあります。
それでも、
不快感を長引かせないという選択は
思っている以上に効果があります。
嫌悪感を感じたら、
必ずしも向き合わなくていい。
それは逃げではなく、
自分の心を守るための
ひとつの成熟した選択なのだと、
今は思っています。
今日もあなたの心が少しでもやわらかくなりますように🌿
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