娘と生きる覚悟 ― 罪悪感は、使命感へと変わっていった

「わたしの足あと」

私は、娘を病気で産んでしまったことに
長いあいだ、罪悪感を抱えていました。

五体満足で産んであげられなかったこと。
「申し訳ない」という思いが、いつも心の奥にありました。

生まれて29日目での手術。
小さな体に、大きな傷をつけてしまったこと。

三歳まで生きられるかどうかはわからない。
手術をすれば治る病気ではなく、
「手術をしてからが始まりです」と告げられたこと。

この先、どれほどの苦難が待っているのか
想像することすらできないほどの悲しみと、
それほどの苦難を、わが子に背負わせてしまったという
罪悪感で、心はいっぱいでした。

母親としての役割

手術後も続く処置や検査、
注射の痛みに泣く娘をなぐさめ
絶食、薬の副作用で夜泣きをするので
夜中に病院内を散歩もしました。
母としての心配や役割は多く、
悲しみに打ちひしがれている暇はありませんでした。

たくさんの先生や看護師さんにお世話になりました。
その一方で、こちらの思いが理解してもらえなかったり、
心無い言葉に、怒りを覚え、
先生や看護師さんに気持ちをぶつけてしまったこともあります。

辛い体験は数えきれません。
けれど、何より一番つらい状況のなかで戦っているのは、娘でした。

だから私は、
「しっかりサポートして育てていかなければならない」
そう思い、母として強くなっていくことができました。

あたりまえに生まれると思っていた命。
あたりまえに育つと思っていた命。

自分自身の命が、今ここにあることすら
尊いのだと、知ることになりました。

私が「あたりまえ」だと思っていたことは、
決して、あたりまえではなかったのです。

子どもが病気のために体調を崩すと、
今でも、少し罪悪感が顔を出します。

それでも私は、
「戦う母」となり、戦隊モードに入ります。

病状を医師や看護師さんに伝えるための思考の整理。
入院の可能性を考えた準備と手配。
そして、子どもの看病とはげまし。

アンテナがピンと立ち、
私は機動戦士に変身します。

🌿救いの言葉

五体満足に産んであげられなかった。
そんな罪悪感という自責の念は、
「気にしないように」
「しかたがない」
そう言われても、簡単には消えませんでした。

けれど、
「子どもはお母さんを選んで生まれてくる」
その言葉には、心から救われた記憶があります。

娘には、娘の生まれてくる課題があり。
私には、私の生まれてくる課題があり。

それぞれが課題を成就させるために、
親子として出会った
のだと、
そんなふうに受け止められるようになりました。

そう思えるようになってから、
毎日の経験が、とても大切なものに感じられています。

🌸最後に

もし今、
罪悪感を抱えているお母さんがいるなら。

あなたには、
特別な課題と、特別な経験が待っています。

どうか、
自分を責め続けることに、
時間を使わないでください。

あなたはもう、
十分すぎるほど、向き合っています。

今日もあなたの心が少しでもやわらかくなりますように🌿

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