勝ち負けに入らないための視点ー価値観の違いがいつのまにか「ゲーム」になるとき

「わたしの足あと」

わたしたちは、大きさはさまざまですが、
組織の中で生活しています。

家族は最小単位の組織ですし、
学校や職場では、自分以外の他者と協力しながら日々を過ごしています。

それぞれが考え、行動し、
ある程度のルールの中でお互いに折り合いをつけながら成り立っています。

自己主張は、組織の中ではとても大切なものです。
考えが見えることで指標になりますし、
間違いに気づくきっかけになることもあります。

ただ、ときどき
自己主張がぶつかる瞬間 があります。

今日は、そんなときに見られる
あるパターンについてお話しします。


自己主張がぶつかったある出来事


いつものように、決まったルーティンのつもりで仕事をしていると、
あるとき、こんなふうに言われました。

「そんなやり方はおかしい」

突然の指摘に戸惑っていると、
「こういうふうにやるんだ」と指導が入ります。

「いつから、そのやり方に決まったんですか?」
そう尋ねると、

「何言ってるの?前からこのやり方」

「誰かが変更したんですか?」

「誰からとかじゃなくて、前から!」

相手の声のトーンは、どんどん強くなっていきます。

でもこちらも、
これまで教わった通り、きちんとやってきました。
だからこそ、
いつ変更されたのか、誰の判断なのかが気になって
つい、問い返してしまいます。


🌿ゲームのはじまり

こんな会話が始まったとき、
実はもう

「どちらが正しいか」というゲーム

が始まっていることに、気づくでしょうか。

どちらも
「自分のやり方が正しい」と思っています。

その結果、
価値観の違いは、いつのまにか
勝ち負け に変わっていきます。

この例では、
最初に指摘した側が強く、怖い印象に見えるかもしれません。

でもこのゲームは、
自己主張があるからこそ起きる、
とてもよくあるトラブルの芽です。


本質はどこにある?

意外と、こうした「やり方の違い」は
大差がないことが多いものです。

本当に
どちらでもいい 場面も、少なくありません。

力関係に大きな差があったり、
明らかな間違いがある場合は、
実際ここまで発展しないことが多いです。

「どちらでもいい」
その 微妙なところ で、
お互いの主張がぶつかります。

そして残念なことに、
どちらでもいいことの割には、
お互いの心には、もやもやが残ってしまいます。

こんな気持ちには、なりたくないものです。


ゲームという認識を持つことの意義

もし、こんな場面に出くわしたら、
「あ、ゲームが始まってるかも」

そう、この話を思い出してみてください。

そのあと、
ゲームを続けるのも、やめるのも、あなた次第です。

ただ、
「これはゲームかもしれない」と気づくだけで、
少し冷静になれます。

すると、
ゲームにならない返答も選べるようになります。

たとえば、

「そんなやり方はおかしい」
に対して、
「おかしくない」と正反対の言葉を返すのではなく、

🌱「どんなやり方があるんですか?」

 「教えてくれて、ありがとうございます」

そんな流れに変えることもできます。


これは、
相手の言いなりになることではありません。

相手の
「そんなやり方はおかしい」という主張を、
いったん受け取る イメージです。

指示が変更になったのか、
誰からの判断だったのかは、
あとで落ち着いて確認すればいいことです。

今やることに集中できて、
次にも進めて、
気持ちも、必要以上にもやもやしません。

また似た場面がきたとき、
「あ、ゲームだ」

そう思い出してみてください。

🌸最後に

業務を効率よく進めるために、
多くの職場にはマニュアルがあります。
その内容は、会社や部署によってさまざまです。

これまでに培ってきたやり方を
自分の経験値として積み重ねてきたところに、
違う価値観が入ってくると、
なかなか腑に落ちないと感じることもあるかもしれません。

けれど、真正面からぶつかってしまうと、
意図せず反抗的な態度として
受け取られてしまう場合もあります。

自己主張そのものが、悪いわけではありません。
ただ、まずは相手の自己主張を
いったん受け止めてみる。

そうしてみることで、
これまで気づかなかった視点や、
新しい発見が生まれることもあるかもしれません。

今日もあなたの心が、
少しやわらかくなりますように🍃

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