諦めは、終わりじゃないー本当に大切なものへ向かうための選び直し

「わたしの足あと」

諦めということの、本当の意味

諦めということは、
これまで何か目標を立てて挑んできたことが、
「ここまでは届かない」と自分自身で見極めたうえで、
思いを断念する状態だと思います。

諦める、と一言で言っても、そこにはいくつかの種類があります。

ひとつは、
「なんとなくやってみよう」「無理かもしれないけど、ちょっと試してみたい」
という好奇心から始まるもの

もうひとつは、
「できるかどうかは分からないけれど、どうしてもやってみたい」
という思いを持ち、計画を立て、時間をかけて取り組む
探求心から始まるものです。

好奇心から始めたものを諦めるときは、
そこまで心に強い痛みは残りません。

けれど、探求心から始めたものを諦めるときは違います。
そこには、かけてきた時間や、積み重ねた努力、
「ここまで頑張ってきた自分」が存在します。

だからこそ、
悔しさや、情けなさ、
「自分の力はここまでだったのか」という
厳しい自己評価が心に押し寄せてくる。

今、諦めるという段階にいる人は、
きっとその辛い感情を、すでに一度は通り抜けてきた人だと思います。

今日は、
諦めることの根底にあるものと、
その先にあるものについて、少し立ち止まって考えてみたいと思います。

諦めることは、逃げではない

諦めるということは、
自分で決めたことへの責任のあらわれだと、私は思っています。

自分自身を大切にしているからこそ、
目標を立て、行動し、挑戦してきた。

人生に志があるからこそ挑戦が生まれ、
「こうなりたい」という向上心があるから、前に進もうとした。

だから、目標を断念するという決断は、
軽いものではありません。

とてもつらく、
とても勇気のいる選択です。

でも、見方を少し変えてみると、
その目標は
本来の自分が求めているものと、少し道がずれていた
というサインだったのかもしれません。

失敗や挫折は、あとから意味を持ち始める

失敗や挫折は、
その瞬間には、ただ苦しいものです。

意味も理由も分からず、
「なぜ自分だけが」と思うこともあるでしょう。

でも時間が経って振り返ったとき、
あのとき諦めたからこそ、
今の場所に立っている自分に気づくことがあります。

諦めは、
あなたの価値を下げるものではありません。

むしろ、
本当に大切なものへ向かうために、不要な道を手放した結果
なのかもしれません。

🌸最後に

諦めたあとに残るのは、
失敗ではなく、経験です。

挑戦した事実、
努力した時間、
悩み抜いた思考。

それらは、形を変えて、
必ず次の選択を支える力になります。

諦めるという決断は、
終わりではなく、
自分にとっての「正直な選び直し」

どうか、
諦めた自分を責めすぎないでください。

そこまで本気で向き合ってきたあなたは、
もう十分、誠実に生きています。

今日もあなたの心が、
少しやわらかくなりますように🍃

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