「わかってほしい」
その気持ちは誰にでもあるもの。
でも、ときどき思うことがあります。
その“わかってほしい”は、
相手に寄り添ってほしいという願いより、
相手の感じ方までも自分の思いどおりにしたいだけなのかもしれない。
🍃 共感を求めすぎるとき
ひとりよがりで共感を求めすぎるとき、
私たちは知らないうちに、
相手の喜怒哀楽まで“自分の理想”に
合わせようとしてしまってるのかもしれない。
「なんでわかってくれないの?」
「どうして同じ気持ちになってくれないの?」
その言葉の裏には、
相手を自分の枠に押しこめてしまう、小さなエゴが
ひっそりと隠れているのかもしれない。
気づかないうちに、
相手の表情、声のトーン、返事のスピードにまで敏感になる。
ほんの少しの言葉の揺れが、
まるで“否定されているサイン”のように感じてしまう。
やがて「どうせ分かってくれない」と決めつけるようになり、
喜びを共有する余裕もなくなっていく。
一緒にいるのに心は遠ざかり、交わす言葉は減り、
会話は静かに途切れていく。
でも――
そこで必要なのは、我慢でも諦めでもありません。
もっと幸せな方法がある。
それは、 あなた自身の喜びに、あなた自身が敏感になること。
自分が感じた嬉しさや安心を、
まずは自分の心でそのまま受け取ってあげること。
そこから、人との関係は静かに変わり始める。
🌸 すれ違いのはじまり
すれ違いは、
大きな衝突から始まるわけではありません。
むしろ、ほんの小さな期待のズレから生まれます。
「こう言ってほしかった」
「もっと気にかけてもらいたかった」
そんな小さな願いの断片が、すこしずつ積もっていく。
その“少しのズレ”に気づけないまま、
お互いが自分の正しさを守ろうとすると、心の距離はゆっくりと、
しかし確実に遠ざかっていく。
相手が冷たいわけじゃない。
理解しようとしていないわけでもない。
ただお互いが、
“自分の心の痛み”だけを守ろうとしているだけなのだと思う。
期待が叶わなかった寂しさが、
すれ違いという形で表面に出てくるだけ。
🌙 気づけたとき、やさしさが生まれる
でもね。
そういう自分の中にある“期待”や“エゴ”に気づけたとき、
ほんの少しだけ、心はやわらかくなる。
「わかってほしい」
「わかってくれない」の気持ちが薄れて
たったその意識の変化だけで、
すれ違いの間に、静かなあたたかさが戻ってくる。
共感は、同じ気持ちになることじゃない。
違う感じ方をしている相手を、そのまま受け止められること。
自分の喜びを自分で受け取る力と、
相手の違いをそのまま大切にできる余白――その2つが生まれたとき、
人との関係は、ほんの少しやさしく変わり始める。
すれ違いは、誰にでも起こるもの。
でも、その原因は
“大きな誤解”ではなく、
ほんの小さな期待のズレ。
そのズレに気づけたとき、
人とのつながりはもう一度やさしさを取り戻す。
そして何より、
あなた自身があなたの喜びを受け取れるようになったとき、
誰かとの関係は、きっと自然に温度を取り戻していく🍃


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