悔しさに突き動かされて、自分を見失ったあの頃― 失ったものを取り戻そうと焦った私が、今思うこと

「わたしの足あと」

悔しさは、ときに自分を動かす大きな原動力になります。

でも私の場合、その悔しさに突き動かされるまま、がむしゃらに進んでしまい
自分を見失ってしまいました。

私は、悔しさをきっかけに新しい人生を歩き始めました。

ところが、次々と新しいことに挑戦するうちに、長年かけて貯めたお金を使い果たしてしまったのです。

今では地道に暮らしながら、自分の好きなことを見つけ、穏やかな日々を過ごしています。

あのときの私は、何をそんなに急いでいたのでしょう。

今日は、悔しさに突き動かされていた頃の自分を振り返り、今思うことをお話ししたいと思います。

🌿 退職のきっかけになった出来事

私は以前、看護師として病院に勤めていました。

あるとき、ひとつの部署で新人スタッフへのいじめが問題になっていました。

いじめられているスタッフを異動させるため、私なら大丈夫だろうという判断だったのでしょう。

何が何だかわからないうちに、私に異動の辞令が出ました。

異動先は、以前にも働いていた病棟です。

当時は、いじめの実態もよく理解していなかったので、私はむしろ異動を楽しみにしていました。

以前その病棟で働いていた頃は、スタッフ同士が自然に助け合っていました。

例えば、嘱託で働いている先輩が記録を間違えていたとき。

そっと修正して、

「ここ、間違ってましたよ。直しておきました」

と小声で伝える。

すると、

「わぁ、ありがとう! 気をつけるね」

と笑顔が返ってくる。

そんなふうに、お互いを思いやり、助け合う関係がそこにはありました。

ところが、久しぶりに戻った病棟では、その雰囲気がすっかり変わっていたのです。

あるスタッフが、新人であろうと先輩であろうと関係なく、大きな声で相手を責めていました。

「ちょっと〇〇さん! これどういうこと!!」

そんな声が響く職場になっていました。

そして、ついに私にもその矛先が向いたのです。

ある夜勤明けのことでした。

看護記録が、一人分だけ抜けていたのです。

「え? 書いたけど?」

そう思った私に、そのスタッフは大きな声で言いました。

「私が書き足したよ! ほらここ! これ私の字! わかる?」

そして、

「こんな記録されるんやったら、夜勤なんか任されへん!」

確かに、記録が抜けていたことは私のミスです。

でも、書き忘れた一部分を指摘するのに、そこまで大きな声で責める必要があったのでしょうか。

しかも、夜勤を任せられるかどうかを判断する立場の人ではありません。

驚いた私は、そばにいた師長を振り返りました。

でも、師長は知らん顔。

えっ?

ここの組織は、どうなっているの?

私は、そのスタッフの言動だけでなく、それを見過ごしている病院そのものが嫌になってしまいました。

そして、退職を選びました。

🌿 自分で選んだはずなのに

退職は、自分で決めたことです。

私はこれを、自分の人生の岐路だと思いたかったのです。

病院という組織を離れ、自分らしい働き方を見つけよう。

そう考えていました。

ところが、退職後の私を待っていたのは、思いがけない心の変化でした。

病院で働くことに、怖さを感じるようになっていたのです。

あのときの罵声が、頭から離れない。

「どうして、あんなことで仕事を辞めてしまったんだろう」

そんな後悔の言葉が浮かぶときもありました。

悔しい。

自分で決めたことなのに、悔しい。

退職という選択を後悔したくない。

あの出来事があったからこそ、新しい人生を歩き始められたのだと思いたかったのかもしれません。

🌿 悔しさが原動力になった

そんなとき、目に留まった言葉がありました。

「自分の好きなことを仕事にする」

この言葉に心を奪われ、高額なスクールに入りました。

自分の力で何かを生み出し、収入につなげていく。

新しい働き方への期待がありました。

でも、何もないところから自分で仕事を生み出すことは、思っていた以上に難しいものでした。

なかなか結果が出ず、挫折してしまいました。

それでも、諦めきれません。

稼ぐことに意識を向けていると、不思議といろいろなビジネスの話が目に入ってきます。

物販、ネットワークビジネス、投資の話。

どれも、そのときの私には新しい挑戦でした。

「これがだめなら、次はこれ」

そんなふうに、次々と挑戦していきました。

当時の私には、週休4日で暮らせるようになりたいという夢もありました。

自分の力で収入を得て、自由な時間を持ちたい。

でも、うまくいかないことが続くうちに、気持ちが少しずつ変わっていったのです。

最初につぎ込んだお金を、取り戻さなきゃ。

そう思うようになると、もう衝動が収まりません。

うまくいかないときに限って、あの職場で浴びせられた罵声がよみがえってきます。

まるで、今の自分まで嘲笑われているような気がして、また悔しくなるのです。

私は普段、賭け事をしません。

でも、あの頃の心情を振り返ると、賭け事にのめり込むような状態に近かったのかもしれません。

もちろん、そのときは真面目に取り組んでいるつもりでした。

自分が危うい方向へ進んでいるなんて、思ってもいなかったのです。

「そんなビジネスは、やめたほうがいいよ」

そう忠告してくれる人もいました。

でも、耳を傾けることができませんでした。

そして、とうとう貯金を使い果たしてしまったのです。

「やってしまった……」

ようやく目が覚めました。

もう、何もない。

🌿 見えていなかった自分の暮らし

貯金を使い果たして、ようやく立ち止まったとき。

私は、自分の暮らしさえ、きちんと把握できていなかったことに気づきました。

病院を退職してからは、いくつかのパートを掛け持ちして生計を立てているつもりでした。

でも実際には、足りない生活費を貯金から補っていたのです。

病院に勤めていた頃は、社会保険などの手続きも職場に任せていました。

退職後の収入と支出がどう変わったのか、十分に把握できていませんでした。

貯金がなくなって初めて、自分の収入だけでは暮らしていけない現実に向き合うことになったのです。

そこから、家計の見直しが始まりました。

何にいくら使っているのか。

毎月、どれだけのお金が必要なのか。

今の収入で、どんな暮らしができるのか。

それまで外にばかり向いていた意識が、少しずつ自分の暮らしへと戻ってきました。

振り返ってみれば、あの頃の私は、何かを成し遂げることで
自分の選択を正しかったと思いたかったのかもしれません。

でも、退職という選択が正しかったかどうか、無理に答えを出す必要なんてなかったんですよね。

あのときの自分に、今なら言ってあげたい。

慌てて失ったものを取り戻そうとしなくてもいいよ。

悔しい気持ちを、すぐに何かの結果に変えなくてもいいよ。

人生は、まだ続いているんだから。

🌿 悔しさに突き動かされていた自分

今になって思うのです。

あの頃の私は、悔しさを原動力にしているつもりで
いつの間にか悔しさに突き動かされていたのかもしれません。

自分の好きなことを仕事にしたい。

自分の力で収入を得られるようになりたい。

そんな思いから始まった挑戦だったはずなのに
いつしか失ったお金を取り戻すことに必死になっていました。

悔しさは、人を動かす力になることがあります。

でも、その勢いが強すぎると、自分が何のために行動しているのか
見えなくなってしまうこともあるのだと思います。

その渦中にいるときは、自分が冷静さを失っていることにさえ気づけませんでした。

だからこそ、今なら思います。

悔しさに突き動かされているときほど
一度立ち止まって、自分の心を見てみることが大切なのかもしれない。

🌿 人生の岐路を選ぶとき

私はこれまで、人間関係がつらいときには、転職もひとつの選択だとお伝えしてきました。

今も、その考えは変わっていません。

ただ、今回自分の経験を振り返って、もうひとつ伝えたいことがあります。

つらい環境から離れることは、自分を守るために必要な場合もあります。

でも、可能であれば、その先の暮らしにも目を向けてほしいと思うのです。

今の収入で生活していけるのか。

転職先を探してから退職できないか。

これから、どんな働き方をしていきたいのか。

心が追い詰められているときに、冷静に考えるのは難しいかもしれません。

だからこそ、ひとりで抱えず、誰かに相談することも大切だと思います。

もちろん、心や身体が限界に近いときまで、無理に働き続けてほしいわけではありません。

人生の岐路だからこそ、できる範囲で、その先の暮らしも大切にしてほしいのです。

私の場合は、退職後の暮らしを十分に見通せていませんでした。

そして、悔しさを原動力に次々と挑戦し、結果として大きなお金を失いました。

ずいぶん高い勉強代になりました。

それでも、あのとき退職したことを、今は後悔していません。

ただ、振り返ると、

「あのとき、やばかったな、私」

と思います(笑)。

小さな火は、またいつか

努力しても、思い描いた結果が得られないことはあります。

悔しくて、落ち込んだり、何もかも嫌になったりすることもあるでしょう。

でも、その悔しさを、すぐに次の行動へ変える必要はないと思うんです。

心の奥に残った小さな火が、いつかまた燃え始めることもあります。

それが以前と同じ夢なのか、まったく違うことなのかはわかりません。

私自身、今は地道に働きながら、ブログを書くことに楽しみを見つけています。

結果的に、当時思い描いていた週休4日の働き方にもなりました。

あの頃には想像もしていなかった暮らしです。

失ったものが戻ってきたわけではありません。

でも、あの経験があったからこそ、今の自分がある。

そんなふうに思えるようになりました。

🌸 最後に

悔しさを感じることは、決して悪いことではないと思います。

それだけ真剣に向き合ってきたからこそ、生まれる感情でもあるのでしょう。

でも、悔しさの勢いで、自分のこれからまで決めてしまわなくてもいい。

何かを取り戻そうと、焦らなくてもいい。

今は立ち止まっていても、また自分の心が動き出す日が来るかもしれません。

人生は、思いどおりに進むことばかりではありません。

それでも、その先にどんな道が待っているのかは、まだわかりません。

遠回りした道も、今では私の道だったと思えています。

今日もあなたの心に、小さな灯りがとどきますように。🌿

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