🌿夏の夜の花火
小学2年生くらいの、ある夏の夜のことです。
近所に住んでいた小学6年生のお姉ちゃんと、二人で花火をしていました。

当時の私は、近所の人から「つまようじ」と呼ばれるほど
ガリガリに痩せた女の子でした。
その日は母が張り切って、浴衣を着せてくれました。
細い身体から浴衣がずり落ちないようにと、帯をきゅうきゅうに結んでくれたのです。
まさか、その帯があとで大変なことになるとは、思いもしませんでした。
楽しく手持ち花火をしていたときのことです。
燃えカスが、地面に落ちました。
その火種が、地面にずれ落ちていた浴衣の裾に落ちてしまったのです。
一緒にいたお姉ちゃんが気づいて、すぐに足で踏み消してくれました。
ところが、火は完全には消えていませんでした。
そのときです。
びゅうっと風が吹いた瞬間、浴衣が一気に燃え上がりました。
🌿「熱い!怖い!」
「ボーッ」
風になびく炎の音を、今でも覚えています。
腰から下が燃えていました。
お姉ちゃんは慌てて浴衣を脱がせようとしてくれました。
でも、母がしっかり結んでくれた帯は、なかなかほどけません。
「熱い!怖い!」
どうしたらいいのかわからず、私は叫びながら走り回っていました。
すると、どこからか大きな声が聞こえました。
「芝生へ行け!!」
その声に従って、私は芝生のある場所へ走りました。
すると突然、身体を蹴り倒されました。
そして、何度も足で蹴られながら、芝生の上を転がされたのです。
でも、そのとき私はわかっていました。
この人は、私を助けようとしてくれている。
必死に身体を転がして、火を消そうとしてくれていたのです。
やがて炎は消えました。
私は助かったのです。
🌿命を救ってくれたのは
私を助けてくれたのは、近所に住む一人のおっちゃんでした。
その人は、手首から先がありませんでした。
いつも腕をポケットに入れ、しかめっ面で歩いている姿を見かけていました。
近所の人たちは、その人を「手のないおっちゃん」と呼んでいました。
私はその人と話したこともなく、どんな人なのか、何も知りませんでした。
ただ、周囲の呼び方や見た目の印象から
いつの間にか「怖いおっちゃん」だと思い込んでいたのです。
その怖いと思っていた人が、私の異常事態に気づき、駆けつけてくれました。
手で火を消すことができないから、足を使って。
私の身体を必死に転がし、炎を消してくれたのです。
あのときのおっちゃんの足の動きを、今でも覚えています。
そこには、私を助けようとする必死さがありました。
そして私は、助けてもらっているその瞬間から、感謝の気持ちを感じていました。
🌿自分の中にあった偏見
火が消えたあと、私は6年生のお姉ちゃんに連れられて家に帰りました。
浴衣は腰から下が燃えてなくなり、下着が丸見えの状態でした。
それでも、火が消えたことに安堵していました。
母の顔を見たとき、ようやく泣いたような記憶があります。
幸い、大きなやけどもなく、後遺症も残りませんでした。
そして、あの出来事を通して、幼い私の中に一つの気づきが生まれました。
私は、あのおっちゃんの何を知っていたのだろう。
話したこともない。
どんな人生を歩んできたのかも知らない。
手首から先がない理由だって、病気なのか事故なのか、何も知りませんでした。
それなのに、周囲の人たちの呼び方や見た目だけで
勝手に「怖い人」だと決めつけていたのです。
そのことが、とても恥ずかしくなりました。
人には、それぞれに生きてきた人生があります。
外から見えている姿だけでは、その人のことはわからない。
ましてや、本人の知らないところで勝手な人物像をつくり上げてしまうこと。
幼いながらに、自分の中にあった偏見に気づかされた出来事でした。
あの夜、受け取った宝物
あの出来事のあと、家庭の事情で親戚の家に預けられることになり
近所で遊ぶこともなくなりました。
私自身がおっちゃんに直接お礼を伝えたのかどうかは、今では覚えていません。
この記事を書いたあと、母にあの夜のことを尋ねてみました。
母は、菓子折りを持って、おっちゃんにお礼を伝えに行ってくれたそうです。
そして、母もまた、夏になると花火を見るたびに、あの夜を思い出すのだと話してくれました。
「ほんまによかった」
何十年もたった今、しみじみとそう話す母。
あの夜、母もどれほど心配したことでしょう。
母の心にも、あの夏の夜がずっと残っていたことを知り、なんだか心が温かくなりました。
けれど、あの夜のことは忘れられません。
風になびく炎の音。
「芝生へ行け!」という声。
そして、私を必死に転がして火を消してくれた、おっちゃんの姿。
何十年たった今でも、鮮明に覚えています。
夏になると、花火を楽しむ子どもたちの姿を目にすることがあります。
そんなとき、ふと、あの夏の夜を思い出します。
けれど、今の私の心に蘇るのは、あのときの恐怖よりも
助けてくれたおっちゃんへの感謝の気持ちです。
あの人が駆けつけてくれなかったら、どうなっていたかわかりません。
私の命を救ってくれた人。
そして、人を見た目や噂だけで判断してはいけないという、大切なことを教えてくれた人。
あの夏の夜は、恐ろしい体験でした。
でも、今振り返ると、私の人生に残された大切な宝物の一つです。
人は、見えている部分だけではわからない。
あのおっちゃんが教えてくれたことを、私は今も忘れていません。
そして、今あらためて伝えたいのです。
あのとき、助けてくれてありがとう。
私を救ってくれたことも、大切なことに気づかせてくれたことも。
心から、ありがとうございました。 🌿
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